有機栽培&無農薬の田七人参「白井田七」開発秘話⑥「田七人参をつくろう」

鈴木さんとの出会い

1993年の暮れ、白井博隆のアドバンスが東京に進出して約1年が経過した頃。

知人より慶応大学で中国語の講師をされている趙(ちょう)さんを紹介していただきました。

日本人に帰化されていたので、鈴木さんとおっしゃっていました。

挨拶程度でお会いしたのですが、鈴木さんのお姉さんが中国の国営企業で働いていて、雲南省の教授をされているとのこと。

「何かビジネスチャンスがあるかも知れないから、一緒に中国へ行ってみないか」と誘われました。

しかも、雲南省の繁華街でビルを建てる計画があるから、ぜひ土木設計に詳しい白井博隆にアドバイスをいただきたいとのこと。

早速翌年の1994年9月に、白井博隆の知人のTさんと鈴木さんと3人で中国へ。

知人のTさんは某日系商社OBで貿易や不動産に詳しい方だったので、とても助かっていました。

早速雲南省のホテルに着いて建設予定地を見に行くことになったのですが、なんとビルはもう完成していて、後は内装を残すのみでした。

白井博隆は土木設計ですので数分で用済みです。

その後、パンダを見に行くことになりましたが、パンダも出張中で留守。

ビルも完成して、パンダにも会えず、失意のどん底にいた白井博隆。

ただ街のいたるところで、ガラスの瓶にはいった田七人参をみかけます。

白井博隆と田七人参との初めての出会いです。

田七人参と運命の出会いを果たした白井博隆は、残された数日間で田七市場や栽培地を案内してもらうことになるのです。

合弁会社設立

帰国後、田七人参についてさまざまな情報収集を終えた白井博隆。

早速栽培にむけての準備にとりかかります。

一緒に同行したTさんは貿易関係に詳しかったので、中国側との交渉や資本金の割り振りなども進めてくれてあれよあれよ言う間に合弁会社設立の運びとなったのです。

合弁会社とは、特定の事業目的で外国資本と国内資本との共同出資で経営される会社のこと。

法律で日本側が最大で49%、中国側が51%と決まっていたので、優位性は100%中国にあります。

中国国内では、外国に投資をさせて中国国内で事業を運営することを中国側が推進していました。

順風満帆の滑り出し

白井博隆は合弁会社を設立して、株式会社アドバンスに数名のスタッフを残したまま、田七人参プロジェクトの幕を開けようとしていました。

そこで、知人のTさんからの提案があります。

「白井博隆さんは現地で栽培方法を指導したら、日本に戻って販路を確保すること」

「自分は合弁会社の管理者として中国で一切の交渉事を担当する」

「給料はいらないから生活費と手続きにかかる経費を株式会社アドバンスでもってくれないか」

しかも現金ではなく貸付ということですから断る理由はないでしょう。

すぐに300万円を預けて、白井博隆は栽培指導に専念することにしました。

こうして白井博隆の田七人参栽培ものがたりがスタートしていきます。

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参考文献引用:著者 田中泰子 
       白井博隆 田七人参ものがたり

  • 記事を書いた人

    松本哲也

    大学を卒業後、広告会社で30年間勤務。営業、制作、業務管理の取締役を経て退職。2012年に有機栽培&無農薬の田七人参「田七堂」を設立し、「田七堂 免疫研究センター」を稼働。事業のかたわら、整骨院、整体院で年間2000人の施術をおこないつつ、人々のカラダとむきあう。その後、カラダだけのアプローチでは健康にはなれないと悟り、心理カウンセラーとしてココロへのアプローチをおこなう。有機栽培&無農薬の田七人参の大いなる自然のパワーに惹かれ、ココロとカラダと自然の完全なる調和を目指して活動中。